患者の意思決定を支援する俯瞰型リーフレットの制作

大学の卒業研究として取り組んだ。

東海大学病院では、遺伝学的検査を行っており、その際に医師が患者に検査の説明をしているが、その時に使用している資料は分かりにくいものだった。
そこで私は、患者が検査内容を深く理解し、能動的に意思決定をするためにその資料をリデザインする必要があると考えた。
そして、検査の説明の内容が一枚絵になっている大きなリーフレット、「Imap」を制作した。
表側は検査のメリットや注意点、検査の流れ等について、イラストをベースに一枚絵で記してある。医師と患者はそれらを指し示しながら、補足説明やメモを書き込み説明を進める。Imapは持ち帰ることで、振り返りや家族に説明する際の資料となる。
現在、実際の診療での導入を予定している。
2020年度手銭正道賞(学年最優秀賞)受賞。

サイズ:B2
制作期間:2019年4月〜2020年1月
共同研究者:大貫優子、森屋宏美(東海大学医学部付属病院遺伝子診療科)

Imapの裏側(左)と表側(右)。裏は遺伝学的検査の説明内容が一枚絵になっている。表は検査の同意書の内容がイラストとともに記載されており、折りたたむとページをめくって同意書の内容を確認できる。
卒業研究展示会で展示したパネル(以下の文章について図解などを用いて細かく記述している)
なぜデザインしたのか - 制作の背景 -
情報化社会での同意の複雑化
情報化が進む現代社会において、「同意」の機会が増加、多様化している。
雇用契約書のような重要なものもあれば、アプリケーションの利用規約のような手軽なものまで、その種類は多岐にわたる。
同意とは、双方がその内容を理解し、納得することで成立するものである。しかし、同意させる側がトラブルを回避する為のリスクヘッジとして用いる側面もある。そのため、同意内容をユーザーにきちんと理解させる仕組みが施されていない場合が多いのではないだろうか。

医療で求められる同意のかたち
医療現場での同意は命に関わる非常に重要なものである。そのため、医師からのきちんとした説明と、患者が内容を明確に理解した上での同意(インフォームドコンセント)が求められている。しかしそれは、医師からの情報開示であり、積極的に患者が同意を表明することを要求するものであるという見方がある。
そこで、医師自身が患者の理想や背景、価値観を理解し、その患者にとって最適な選択肢を提示すること(Shared Dicision Making)が提案されている。しかし、学術的に提唱されているものの、経験的実証の報告例が少ない。

遺伝学的検査の説明の現状
遺伝学的検査とは、患者のDNA情報を調べることによって、患者とその家族の病気の推移や治療法の予測ができる検査である。
東海大学医学部付属病院遺伝子診療科では、遺伝性難聴の疑いがある患者に対して遺伝学的検査を行なっている。
患者が同意書にサインをする前に、検査の説明をする時間を設けているが、医師から一方的に情報提供をする時間になっており、患者は受け身で話を聞くばかりになっている。
その際に医師が自作した紙芝居型の資料を用いているが、その資料は洗練されておらず、わかりにくい。医師自身もその資料に満足していないのが現状である。

なにをデザインしたのか - 制作したもの -
そこで遺伝子診療科の医師の監修のもと、既存の資料のイラストを全て描き直し、説明内容をすべて俯瞰できる一枚絵にまとめたリーフレット「Imap」を制作した。このリーフレットはB2サイズで、医師が難聴患者に検査の説明をするときに使用する。
Imapには、遺伝学的検査の概要や難聴の仕組み、メリットと注意点、検査の流れについてイラストをベースに記載している。
また、折りたたんだ表側には、検査の同意書の文面がイラストとともに記載されている。
Imapを用いて診察室で患者に説明するときは、まず机にImapの裏側を広げる。
裏側には説明内容が一枚絵で示されているため、患者は説明内容の全体像を把握でき、あとどれくらいで説明が終わるかがわかる。また医師も同様に、常に説明の全体像を把握できるため、説明の重複を防ぎ、効率よく説明することができる。
さらに、患者は医師の説明を聞きながらImapに直接メモを書き込むことができる。
医師もその患者に合わせて強調したい説明、補足する説明についてその場で書き込むことで、その患者に即した説明をすることができる。
そして裏側を用いて同意書の説明をしたあとは、患者がそのImapを持ち帰ることができる。遺伝学的検査の結果は患者本人だけでなく、患者家族や親戚などの血縁者にも関わる重要な情報である。持ち帰ることで患者自身の振り返りや、家族に検査の内容を伝えるための媒体として使用することができる。

どうデザインしたのか - 制作の課程 -
医師との関係構築 2019.4.23~
研究室の先生を通じて、東海大学医学部付属病院の臨床遺伝専門医、大貫優子先生と、同院の看護師、森屋宏美先生と知り合った。そして卒業研究のテーマである、医療における同意のデザインに協力していただけることになった。
以後、約1ヶ月に1回遺伝子診療科を訪れ進捗報告や相談、検証を繰り返し、研究を進めた。

患者体験の可視化 2019.6.27~
私と友人が難聴患者になりきって、医師と看護師に実際の臨床と同じ約1 時間の検査の説明をしてもらい、映像で記録した。
それを参考に患者が遺伝学的検査を受けるまでの流れや、患者の感情を細かく可視化した、「クライエントジャーニーマップ」を作成した。
その結果、「患者は基本的にただ座って話を聞いているだけの状態で、集中力が保てない」などの課題を発見した。

プロトタイピング 2019.9.12~
医師が検査の説明の際に使用していた資料をリデザインすることで、患者が説明に積極的な姿勢を作り、理解を深めることを目指して制作を開始した。
イラストを用いた紙芝居型の資料と、検査の流れを可視化したシート、人形や質問カードを作成し、患者が人形を触って動かしたり、質問が記されたカードを使うことを狙った。しかしカードや人形を患者が操作するハードルが高いなどの課題があった。

制作・検証 2019.4.23~
私自身が検査の説明を繰り返し行い、既存資料の「紙芝居のようにめくること」へ不便さを感じた。そこで、説明内容を俯瞰できる大きな一枚の資料を制作し、「Imap」と命名した。
そして、Imapを用いて実際に医師と看護師に検査の説明を行ってもらい、その様子を観察。さらに既存の資料との使用感の差などについてインタビューを行い、考察をした。


なにに気づいたのか - 評価と考察 -
実際に診察に使われる部屋で、私に対して医師と看護師にImapを用いた検査の説明をしてもらい、その様子を記録、その後インタビューを行った。

医師の説明の仕方の変化
Imapを用いた経験的検証で興味深かったのは、医師の説明の手順だ。従来は紙芝居の内容を一枚ずつ丁寧に説明していたが、Imapの時はまず全体をテンポよく説明した後、「今日の説明で気になったところはありますか?」という質問をし、患者が希望した項目について深掘りしていった。また、医師はインタビューで「Imapは説明の全体が見えるから、話のダブりがなくなり(説明の)時間が短くなる」と述べている。
医師は、今まで検査の説明をする時に話が重複していたことを自覚していたのにも関わらず、それを修正できていなかったのだ。
それは紙芝居の特性上、1ページに表示されている情報はほんの一部であり、残りの情報は隠れてしまい、それを考慮した説明ができていなかったと考える。
スライド的な紙芝居から一枚絵になったことで、常に自分が話さなくてはならない全体量が目に入るようになり、「1つの項目について話しすぎてしまう」ことを減らすことができるのではないか。

同意における個別性の欠如
表示する情報を限定してしまうことで、逆にコミュニケーションが窮屈になってしまっている現象は他の領域でも起きていると考える。スライドを用いた説明は、一度に見せる情報量を減らすことができ、話してが設計した流れで説明ができるだろう。しかし、決められた流れで淡々と進められる話し方では聞き手がそこに介入する余地は与えられない。
契約書や同意書においても同じように、決められた条文が羅列された書面を読み上げるだけの説明では、聞き手が関わっていく機会を生み出せない。同じ契約書でも、読む人の幅はとれも広くで、フォーマット通りの説明ではその人に合わせるのは難しい。
契約書や同意書にも聞き手が介入できる「余白」を残し、聞き手に合わせた説明ができる必要があるのではないだろうか。
発表審査会の様子(左)と、患者の体験を可視化したクライエントジャーニーマップ(右)

本研究に関するFacebookページはこちら
noteはこちら